- 2008-04-23 (水) 13:39
- 日常

母からの報告
「そうそう、そういえばね」
郷里の母に所要があって電話を掛けた。
「お父さん入院したから」
ひとしきり用事を済ませた後、うっかり忘れてたんだけどね、といった調子で続ける母の言葉が、僕の脳に染み渡るのに一時を要した。
初耳だった。
「……は?え?なに?もう一回言って、え?入院、って?は?え?な、なんで?」
先々月他界して、四十九日の法要を終えたばかりの祖母のことが頭をよぎる。
酒飲みで貧乏でふにゃふにゃな、親父殿の笑顔がハイスピードで頭の中をぶっ飛んでいく。
この間帰った時、少し調子悪そうにしてたけど・・・まさか、親父も?
父も還暦を迎え、その年齢の男性相応に健康上の諸問題を抱えているのだろうとは思っていたが、まさか・・・そんな、早過ぎる!
混乱の狭間で翻弄される僕から吐き出される大量のクエスチョンマークを全て受け流して、十全で平静な母の口から告げられた衝撃の病名は。
「ぢ。手術するからね。2週間入院だって」
還暦の、と言うよりはむしろOLさんのような病だった。
ジークアスホー
父は車関係の仕事に長らく従事している。
主業務は運送用トラックの整備だが、手をかけた車をそのまま客先まで運転して持っていくことも多い。
僕が子供の頃、父に連れられて、整備した車の配送に仙台あたりまで行った記憶もあることから、運転が長距離に及ぶことも度々あったと思われる。
長距離運転となれば、やはり尻に掛かる負担もかなりのものであろうとも推測できる。
病名がデリケートなアスホーの病と聞いた途端、頭の中に「ぢに~はボラギノ~ル♪」のあっかるいCMソングが鳴り響いて止まない僕ではあったけれど、いや、ちょっと考えてみて欲しい。
逆に考えれば、僕の親父殿は、自らの肛門を、長距離運転による酷使で破壊してまで、母や僕達家族を食べさせていたのだ。それは肛門を担保に、賃金を得ていたのと言い換えても良い。
彼はアナリーマンだ。24時間戦った、ジャパニーズアナリーマンだ。
僕は父の肛門に感謝を捧げこそすれ、あげくの果ての病を笑うことに義があるだろうか。否。それは断じて否。誇りこそすれ、嘲笑するなどもってのほかなのだ。
サンキュー、肛門
僕たち家族は、父の肛門に足を向けては眠れない。退院の後、無事帰還を果たした彼を『おかえりなさい、肛門さま』と敬い、奉り、4礼8拍手1礼、御神体を拝観するが如く恭しく、退役する救国の英雄をたたえるが如くに、それを迎えなければ罰が当たろうというものだ。それこそぜっこーもん(by御坊茶魔)である。
あえて口にしよう。恥ずかしいけれど君に告げよう。サンキュー、肛門。フォーエバー!
父の日にはそれは豪奢なドーナツ枕を送るつもりだ。同封のカードはこう結ぼう。
Thank You, KOHMON!。I Love You KOHMON!
*1
余談ではあるが、うちの父の名前は最後が「じ」だ。(例:ゆうじ)
今後、彼の名前の末尾一文字が「ぢ」となることは言うまでも無い。(例:ゆうぢ)
*2
また余談ではあるが、ブログにこんなことを書いたことが父にバレたら、僕はきっと勘当される。それこそぜっこーもんである。
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